六月の朝のいろ

自動車学校で最後の学科を受けてると、かばんのポケットで携帯電話が鳴っているのがわかった。最終の送迎を頼んでいる私は鐘が鳴るとすぐに、教室を出た。わすれていた、そういえば電話が鳴ってたっけ。手を洗ってからメールをひらくとどきっとした。
「仕事辞めて帰ってきました。」
この名前見るのも、いちいちなんだか胸が鳴ってしまうね。今すぐ電話して声を、きいて‥と思ったけれど、まずはあたしが落ちつこうと思った。
夕飯をゆっくりと食べて、洗い物と明日の炊飯の準備をテキパキと済ませた。
さてと、彼に何て言おう。何を言ったらいいのかな。最初の言葉を探した。そんなの分からないから、ともかく誘うことにした。夜空の下で彼の顔をみなくっちゃ。ちょっぴりクタクタだったけれど、何年か振りの彼に会えると思うと心がかるく弾みだした。一度疲れをごみ箱に落としたら、桃色を頬に飴みたいな杏色を足の爪に。デニムのスカートに履きかえて10時がくるのを待った。
声がして、彼がそこにいて、彼がごめんねの眼をしてわらった。ふたりで風が導く方へと歩きだした。彼はいまもメガネがよく似合っていて、背が高くてすこし痩せた肩に柔らかそうなシャツを着てて。時間が戻りそうな錯覚は、安心するそういう彼の温度に染まったところ。でも戻れるとして、もう戻りたいなんて思っていないの。
広瀬川の河原まで歩いた、真っ暗で足下を照らす灯りすらなかった。ベンチに座って夜がすぎていくと、綺麗な三日月は橋へと近づいて、徐々に橋の下へと隠れてしまった。家を出たときにはまだ、南から西にずれた高い所にあったのに。「君が好き」のジャケットみたいに、それはそれは綺麗な形をした三日月だねって話しながら。
向こうでの仕事や生活の話はきいたけれど、もう吹っ切れているみたいだった。これで良かったと思えてる彼のとなりで、たぶん私はこうしてるのが、特別でも何でもなくて抱きしめたくなるんだよね。
会っていると時間はあっても足りなくて、話したり歌ったりして空が明るくなった。あまり地元に居すぎてしまわぬうちに東京で就職しようかと考えているようだった。私たちが一緒に持ってた時間なんて、人生のほんのわずかにすぎないって知ってるよ。働いてる時間より、眠っている時間よりも短いんだなぁ。足もとから覆う朝に、あたしの指はすぐに冷たくなってしまう。涼しい灰みがかった紫陽花色と水色をしてる、六月の明け方に。
午前10時頃、目を覚まさせたラジオから流れてきたのは、昨夜彼が歌ってた「恋心」。些細な偶然、同じ時刻に彼も目覚めたらしく、穏やかな言葉が朝を包んでカーテンの様にゆれる。