雨のしずくの自転車

ビールとカルアとショコラで乾杯。私たちは23才。温かな二人分の料理と小さな店のテーブル。ささやかないつかの願い事も嘘さえも、やさしいトマトソースになって。うっかり涙こぼれそうに安心して、ほのかにあまい味がする。コトコト コトコト 時間が流れたから。ショコラ豆乳は何杯もいけちゃうくらい、二人にとって甘えたい香りがするね。「大人になったふりなんてしなくていいよ」って。
予報通り雨が降りそうな気配がしてた。あたしの子供用の赤い傘じゃ足らないし、二人乗りしたらとてもこわくて傘なんかさせないよ。あなたといるといっつもそう、ちゃんと準備してきたって雨に降られて濡れてしまう。あなたの気ままに構わずあたしも連れてくところ。空が光って冷たく風邪引きそうにびしょ濡れになっても、悪気なんかなく当然だって思ってる。怒る気なんか湧かないよ、寧ろ楽しくて変わらない自分をそこにみつけてる。
雨のしずくは細かく降らして、あなたのシャツもすぐに冷たくした。余る袖が守ってくれてるようで、とても冷たかった。雷と激しい雨にはなんとか間に合ってラッキーだったね。

 くちびるに冷たいグラス、氷の音は耳にやわらかい。気分よく飲みながらやっと解ったことがあった。16才の夏の日にどうしても自分を認められなかったこと。大好きな人が包んでくれるあたしを、すきになれなかったこと。愛しい気もちに応えたいとばかり思い詰めて、好きだよと伝えられなかったこと。
 後悔と自分をすきになれない苦しさを、17才の夏あなたに会って、もういちど生まれ変わりたいと。あなたに恋をしてた自分や、元居た場所のあちこちに会って。何より少し背が伸びたあなたに安心して甘えて元気をもらいたかった。変わりたくないのに変わってしまう自分を、受け入れるために会いに行ったことを、やっと思い出したの。
 とても安心する呼吸がおだやかになるのは、14才から同じだったってことね。