白いお日様

春から冬に季節は移り変わっていた。
書きたいと思うことがあっても、それじゃさっそくとこのページを開くことはなくて。
でも辛かっただけじゃないよ、充実していたし楽しい時間のがきっと多かった。
ほんっとに何にも出来なくなったのは2ヵ月くらいで「夏、絶対あそぶ!」を目標に一所懸命やってみた。
まずだめになった6月からはとにかく岩盤浴にマメに通って、これでもかってぐらいスキンケア(ケアというより手当)を念入りに毎日祈るようにして。それでもどうしようもなくなったとき、一年前に考えていた土佐清水病院の受診を決めて7月22日新横浜の診療所で初めて診てもらった。そう一年前の夏にもこの病院に行こうかと考えたけど、そのときは院長の丹羽先生がつくった岩盤浴が山形にもあることを知って、近いこともあって先に岩盤浴を選んだ。それでだめだったら病院かなと考えて。一年後、こうして診察にたどり着いて一言で言うなら「よかった」もっと早く掛かればよかったという思いもあるけれど、こういうものはタイミングだし出会いだし。私は先に岩盤浴で前よりずっとマシな体になってから病院の治療も始めた選択は合っていたと思うし、相乗効果だったみたいだ。新横浜に行った日から一週間後、仙台でも(今のとこ診療所はない)丹羽先生に診てもらいその一週間後くらいには落ち着いてきて。一日でも早く見た目だけでも良くなりたいと思って、包帯ぐるぐる巻きにしてすごして、軟膏も様子見しながら使ってリウマチとアトピーの飲み物も欠かすことなく飲んで。
絶対行こうと心に決めていた石巻と仙台の花火には間に合わなかったけれど、松島(雨と霧で笑っちゃうくらいみえなかったけど)と広瀬川の花火にはなんとか行けた。新しく用意してた桃色と黒の二着の浴衣は一度も着られずに終わったけれど、高校生みたいなダブルデートっぽいのとかみんなで手持ち花火とか‥残りの夏の短さに気付かないふりして小さな夏休みに生きていた。
そうだ、24才にもなりました。